錦町
この渓谷は、県内で沢登りをやっている者にとって、聖地のようなものだ。沢登りは、軟式テニスと同じくわが国で独自に育ったもので、その歴史は新しい。ハイキングはむろん、最近徐々に増えているロッククライミングと比べても、沢登りの愛好者は少ない。それゆえにその良さも知られず、また沢の自然の保護ということもなされていないに等しい。
県内ではわりと良好な自然状態を保ってきた浦石峡もごく最近になって開発の魔手におびやかされはじめた。ここをゲレンデとして愛しんでる<杣道>の会員の憂慮もひとしおだ。
浦石川は宇佐川の支流で、その出合は高鉢峡の中間にある。そこは宇佐大竜の約200メートル下手で、高根橋という簡素なコンクリート橋がその上を跨いでいる。しかし橋上を通過する際には、この沢口を岩の裂け目として見過ごしやすい。
沢口から500メートルばかり先の浦石橋までは典型的な廊下である。川床から見上げれば、空はまさに帯状にしか見えない。でもその溯上は沢口近くのカンス淵を除いて難しくはない。カンス淵は小滝と釜からなり、その側壁がすべすべしていて手がかりは少い。でもハーケンがいくつか左岸に打ってあるので、ヘツリは不可能ではない。
浦石橋の下をくぐって上を見上げると中国自動車道の浦石大橋が赤い腹を見せている。この下に一ヶ所ヘツリを強いられる小淵がある。そこから先500メートルはやや単調な河原である。この河原の両岸はややにぶい廊下であるが、唐突に鋭いゴルジュが出現して終了する。
そこは滝と淵でS字状になっており、この渓谷内で一番高度な技術を要する箇所である。右岸を巻けば難渋しなくてすむ。
少し進んだ屈曲点に小滝と釜があり、釜の左岸をヘツって滝を直登するのだが、この左岸の釜の緑の岩体が大きな落石に直撃されてゆるんでいる。この落石は前述の林道のもので、これから先の左岸の樹木は、どれも幹に打撲傷を負っている。
次の屈曲点には、この渓谷で一番姿のいい滝がかかっている。10メートルで垂直に落ち釜を持っている。腕のいい者はここを直登するそうだが、私などは左岸を巻いている。滝を越えたところの川床はナメ状で、ひと休みしてくつろぎたい気持ちにさせる。
5分ばかり進むと左岸に圧しかぶさるような岩壁が出現する。この岩壁はオーバーハング状で、下を溝状に水流がえぐっていて、10メートルの斜滝であるF7が収まっている。滝の水流部の横にチムニーがあってここを利用して滝を直登する。素人は右岸を高巻くのが無難であろう。
右岸は通常の廊下だが、左岸との間の水流部は一見人を寄せ付けないように見えるが、実際に溯行してみるとそうでもない。恐竜の背骨のような岩脈が浮き出ている上を歩いたり、テラス状の部分をヘツったりしてこのゴルジュを克服できる。
このコヤの谷の瀬戸と呼ばれるゴルジュを抜けると視界が開ける。そこに淵を具えたF10の斜滝がある。林道からの落石が流れの中にどっかと腰をすえている。
ここから先は概念図では小滝帯に入る。2メートルばかりの滝と淵が50メートルくらいの間隔をおいて現れる。川床には人間大の岩も散在しているが、一般にナメに近く、こぎれいである。迫力はないが清流と変化に富んだ両岸とで、沢歩きの楽しさを教えてくれる。
林道工事の破壊をまともに受けているのもこの区間で、いまのところ川の中にとどいているのはわずかだが、右岸の杉をなぎ倒して積み重なっている。数年後には大雨の出水で川中に押し出されてくるのは必定で、犬戻峡の二の舞は避けられそうもない。できることならこの落石で、右岸より離れた位置に石積みの土砂止めをして欲しいものだ。
農業用水の引き水のための小さなセキを過ぎて少し進むと木目の滝に到達する。下の滝は、鹿落ちの滝の下半部をもぎ取ったような丸みを帯びた斜滝。20メートルくらいの落差があり、登るには左岸がよい。
下滝を越えて30メートルばかりナメ床を歩くと上滝に出会う。30度位の傾斜の滝で、カンナで削った板のような岩肌の上を、木目のような水模様をつくりながら水流がうすく静かに流れ降る。落差は20メートルばかりであろう。
滝を過ぎると見事なナメ床が続く。山口県一の沢にふさわしい爽快なフィナーレである。このナメ床は河津峡や七分三分沢と甲乙をつけ難く、200メートルばかり連続している。林道が完成すれば木目ノ滝を見に車でやってきて、このナメの上で弁当を開けるという情景がみられるようになるであろう。
浦石峡は主流部のナメ床を除いて気軽に鑑賞するわけにゆかない。しかし沢登りのベテランがついていれば初心者でも溯行できる。行動するスポーツとしての沢登りの体験をすすめたい。